はてなブログの”#ワクチン接種”タグをクリックして、みんなの記事を見ていて悲しくなりました。
ワクチンは危険だと発信している人の記事の間には、「ワクチン接種してきました。」とか、「やっとワクチンが接種できます、嬉しいです。」と発信している人がいる。
複雑です。
ワクチン接種が危険だという情報がこれだけ流れているのに、せっかく情報を流してくれているのに、ワクチン接種を急ぐ人々。
それじゃあ逆に、ワクチンが危ないことを知りながら、ワクチン接種を済ませた人のすぐそばで、ワクチンは危険ですと情報を流すことは、どうなのか。それは残酷かもしれない。
それでも、さらに被害が広がらないように情報を拡散することは大切だと思うわけで。
どうかワクチンを接種しないで欲しいから、ワクチン接種を迷っている人に真実が届いてほしいと願いながらも、ワクチンを接種してしまった人にはその人が信じること以外の情報は伝わらないでほしいとも願う、どうか真実よりもその人の心の安寧を願いたいと思うわけで、何とも複雑な心境です。
私たちは、”死”ということについて、真剣に考えなければいけないのだと思います。
戦争や地震や津波で多くの人が死ぬたびに、”死”というものを身近に感じる機会が与えられます。
そういったことがなくても、病気にかかって、”死”を身近に感じている人もいらっしゃいます。
”死”について考える機会が与えられることは幸いなことであり、その時、死んだらどうなるのだろうと真剣に考えた人たちは、死後の世界を知って救われるのだと思います。
死んだらどうなるのかを真剣に考えてみることの方が、ワクチン云々よりも大切なことだということだけは明らかだと思います。