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Continuation of RO(reverse osmosis operation) at the nano-level

”やらせ事件”の目的。悪に対する復讐は正義となりうるのか?

立花孝志党首がなたで切り付けられた”やらせ事件”(と私が個人的に思っている事件。)

なぜ、こんな事件をわざわざ演出するのでしょうか。

 

それは、以下の記事等を読むと分かってきます。

と言っても、私個人の考えに過ぎませんが・・・。

 

bunshun.jp

(以下、上記記事より一部引用)

 東日本大震災東京五輪パラリンピックを挙げ、政治への不満から殺意を抱くようになったという話もしており、警視庁捜査1課は勾留期限の4日に向け、詰めの捜査を進めている。

 捜査関係者によると、宮西容疑者は「幼少期から政治家に対する漠然とした不満があった」と供述。東日本大震災に触れ「政治は国民を見捨てた」、新型コロナ下での東京五輪パラリンピックについて「大惨事が起きていたのに開催を強行した」などと話し、「五輪の頃から政治家に漠然とした殺意を抱くようになった」と語っている。

 立花氏については「2019年の参院選で初当選した頃は期待したが、国民のために何もしてくれなかった」と説明。今年1月、自殺したとみられる元兵庫県議の男性について、「亡くなったのは立花氏のせいだという報道を見て殺意が確定的になった」と話しているという。

 

こういう事件をつくっておけば、国民の鬱憤を事前に晴らしておけるから。というのが一つの理由ではないでしょうか。

こういう事件をつくっておけば、立花氏や、その他の政治家、あるいは、政治に対する国民の不満を和らげ、本当の事件を未然に防げるという意図があるのかもしれません。

 

 

president.jp

(以下、上記記事より一部引用)

 

 

上の記事のタイトルには、”政治テロの脅威”と書かれていますが、政治テロの脅威を感じているのは、国の方なのだと思います。(追記:財務省解体を主張する抗議活動のような国にとって都合の悪い行為に多くの国民が興味を示して団結されては困るから?)

本当にテロが起きて困るのは、国家、政治家、警察の方なんじゃないですか?

そして、それを未然に防ぐための”やらせ事件”を演出している最中に、一般の人にスマホで撮影されたら困るのも、国家や警察・・・なのではないでしょうか。

だから、テロは怖い、テロに遭遇しても警察は助けられない、早く逃げて!と事前に刷り込んているのではないでしょうか。

多くの人が団結して集まることも防ぎたい

 

いろんな意見があると思いますが、私はそんなふうに思います。

 

ところで、この”やらせ事件”の犯人のように、立花氏のような人に復讐をした場合、それは正しいことをしたことになるのでしょうか。

犯行の動機は、国民が頷ける内容で、犯人は悪くないんじゃないの?むしろ正しいのでは?と思ってしまうかもしれません。

私たちも、ある意味、この犯人と同じ考えを持っていると思います。

殺意を抱いたり、実際に殺人を行うわけではないにせよ、ある意味で、この犯人と意見が一致する部分があります。

それなら、この犯人役の人が演じた”犯人”は、悪くないのかも。もしかして、これは”正義”?

許されるべきことなのかも?と思ってしまいそうですが。

 

神様に従う人として生きるならば、(つまり、天国へ行ける人になるには)

どんなに恨みを抱いても、復讐するべきではないと思います。

人間が行う復讐は、所詮、自分の恨み辛みを晴らしているに過ぎないと思います。

神様の栄光のため!といった大義を掲げて復讐するわけではなく、

自分の目的のために人を殺すなどして復讐し、そのことに対して何も反省しない場合は、

後にその人自身が神様によって滅ぼされると思います。

(悪人とて、神様の創造された”人間”であり、悪人を支配されているのも神様なので、勝手に殺したり復讐しない方がいいと思います。神様が、悪人を使って、私たちが神様に従う人間かどうかを、試しておられる場合もあると思います。)

 

それよりも、神様に、”悪人どもをやっつけてください”と御願いする方がいいと思います。

そして、やっつけてくださると信じて待つのがいいと思います。

御願いした結果、世の中に何らかの変化や出来事が起きれば、

神様が願いを聞いてくださり報いてくださったと感じることができます。

直接、神様に会って御願いすることはできませんが、

御祈りして御願いし、その結果を信じて待って、何か起きれば、

神様の存在を実感できるようになってくると思います。

そして、願いが叶えられたと感じたら、必ず、

神様に感謝の祈りを捧げることも忘れてはいけないと思います。

 

自分自身に苦難が起きた場合にも、

我が身を振り返り、間違いに気づいて、そのことを神様に告白し、

赦しと救いと導きを願って神様に御祈りし、

その結果を信じて待ったら、どのようなことが起きるかを

体験してゆくことが大事だと思います。

そして、この場合も、

神様が導いてくださったと感じたら、

感謝の気持ちを御伝えすることも忘れてはいけないと思います。

 

そのような体験を繰り返し繰り返し

何度も何度も経験することで、

わたしたちは、

神様が本当に実在されていることを実感し、

確信に至ってゆくと思います。

 

でも、実際には、人間は完璧ではないので、

自分の身に起きた出来事を

自分の都合の良いように解釈するかもしれません。

願いが叶えられるとき、

願ったままの事が起きるとは限らないと思います。

神様が必ず願いを聞いてくださると信じている人でなければ

理解できない事が起きる場合もあります。

ですから、できれば、聖書などを参考にして、

過去に、歴史の中で、

神様はどのように悪を退治してくださったのか、

どのように人間の罪を浄めてくださったのか、

どのように救い出してくださったのか、など

事例を知ることが大事だとも思います。

聖書の内容が本当に正しいかどうかは、

定かではない部分もありますが、

その場合も、

神様に導いていただくのがいいと思います。

 

苦しみや悲しみ、将来の不安などで悩んでいる人が、

心の底から幸福を願い求め、

いろんな本を読んだり人の話を聞いていくうちに

聖書に導かれてゆくことがあると思います。

聖書の内容を知りたいと強く思うようになり、

聖書の解説をしている動画などにめぐりあい、

聖書の内容を一部ではあっても知ることになると思います。

そういう時、なぜか聖書に書かれている内容が

今の自分に一番必要な内容だったりするのです。

そして、今までの人生で自分が歩んできた道が

間違っていたことに気づくのです。

何が今の自分の苦しみの元になっているのか、

過去に起きたトラブルの原因が何だったのかに気づくことになると思います。

最初から聖書の内容を全て詳しく理解できずとも、

自分が知らなければならない聖書の内容を知るまで

聖書への関心が薄れることなく維持され、

導かれてゆくような感じになると思います。

神様の言葉を直接聞くことはできませんが、

なぜか、聖書の言葉が訴えかけてくることがあります。

神様はいつも全ての人を正しい道へと導いてくださっているのだと思います。

神様に寄り頼める人は幸いだと思います。

 

天国へ行けるように、魂が救われる生き方をしたいですね。

 

 

 

良い日々をお過ごしくださいね。

 

 

 

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